東京地方裁判所 昭和58年(ワ)70568号 判決 1985年9月25日
原告 株式会社 石川商店
右代表者代表取締役 石川忠勝
右訴訟代理人弁護士 川瀬仁司
被告 共同印刷株式会社
右代表者代表取締役 樋口善典
右訴訟代理人弁護士 宮沢邦夫
同 藤本博史
主文
一 原告と被告間の東京地方裁判所昭和五八年(手ワ)第一五二二号約束手形金請求事件について、同裁判所が昭和五八年一〇月一二日言渡した手形判決を取消す。
二 原告の請求を棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告は原告に対し、金六九五一万五八五五円および内金三一九三万七五五五円に対する昭和五八年六月一八日から、内金三七五七万八三〇〇円に対する同年七月一八日から各完済まで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、別紙約束手形目録(1)ないし(4)のとおりいずれも手形要件が記載され裏書の連続する約束手形四通(以下「本件各手形」「本件(1)手形」等という。)を所持している。
2 被告は、本件各手形を振出した。
3 原告は、本件各手形を各支払呈示期間内に支払のため各支払場所に呈示したが、いずれも支払を拒絶された。
4 よって、原告は被告に対し、本件各手形の手形金合計金六九五一万五八五五円および本件各手形金に対する各満期から各完済まで手形法所定年六分の割合による利息の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
全部認める。
三 抗弁
1 (原因関係欠缺)
本件各手形は、被告が訴外丸紅紙業株式会社(以下「丸紅紙業」という。)に対し、別紙商品取引一覧表(以下「別表」という。)記載の商品の売買代金支払のために振出交付したものであるが(なお、被告は丸紅紙業に対し、従前の取引にかかる売買代金等合計金三五五万六五〇一円の反対債権を有していたので、これを相殺分として差し引いた金六九五一万五八五五円が本件各手形合計金額となっている。)、丸紅紙業から右商品の納入がなく、本件各手形振出の原因関係が不存在であって、被告は丸紅紙業に対し、本件各手形金を支払う義務がない。丸紅紙業は被告に対し、本件各手形を返還すべきものである。
すなわち、被告と丸紅紙業との右売買取引(以下「本件取引」という。)は、被告の取引担当者である太田巖(被告会社包装事業部第二営業部第五課課長、以下「太田」という。)と丸紅紙業の取引担当者中村泰雄(丸紅紙業資材部白板課長、以下「中村」という。)とが通謀してなしたものであって、真実は売買取引が存在しないのに売買取引が行われた如く仮装した内容虚偽の取引書類(諸伝票)、すなわち納品書製造伝票、請求書および請求明細書等を作成して被告の経理部を欺罔して、同経理部が支払義務あるものと誤信して錯誤により本件各手形を振出したものである。
本件取引が、すべて架空のものでこれに該当する発注ならびに商品納入がないことは以下述べるとおりである。別表(1)ないし(3)の取引は、いずれも株式会社不二家(以下「不二家」という。)から注文を受け、東日本ハイパック株式会社(以下「東日本パック」という。)へ外注され、同会社から不二家へ昭和五八年一月ないし三月に合計七万三二五〇個納入されたものであって、太田らは、伝票操作の上外注先(仕入先)を丸紅紙業と偽って経理を誤信させたものである。なお、被告は東日本パックから右商品代金として合計金六二七万七五〇〇円の請求を受けている。別表(4)ないし(6)の取引は、伝票上(4)(5)については注文主をダイエー産業株式会社、納入先を大日本教材株式会社とし、(6)については注文主および納入先を株式会社ナカオサとし、外注先をいずれも丸紅紙業と取扱われているが、右商品取引は全く架空のもので何ら商品の授受がなく、伝票上取引が存在する如く仮装したものに過ぎない。別表(7)および(32)の取引は、伝票上いずれも注文主を大昭和紙工産株式会社、外注先を丸紅紙業と取扱われているが、これも全く商品の授受がなく架空の取引である。別表(10)ないし(14)の取引は、伝票上注文主を国分株式会社(以下「国分」という。)、外注先を丸紅紙業と取扱われているが、これも全く商品の授受がなく架空の取引である。ところで、右架空取引に関与した国分らと被告は協議して、昭和五八年七月一四日それぞれが取得した手形を返還することで解決する方法がとられたが、丸紅紙業はこの協議に応じなかったものである。別表(8)、(9)および(15)ないし(31)の取引は、伝票上注文主を国分、納入先を日清製油株式会社(以下「日清製油」という。)とし、昭和五八年一月一七日から同月二四日の間に合計八〇万〇二五四個が外注先である丸紅紙業から納入された如く取扱われているが、右商品が昭和五八年一月に納入された事実はない。しかして、真実の取引は、大日本紙業株式会社(以下「大日本紙業」という。)が右商品を製作し、注文主である日清製油には昭和五八年二月一四日から同月七月一四日までの間に合計一五六万六九四四個が納入されており、その内四八万三二二七個(被告資料では四九万三九八八個)は丸紅紙業を経由しているものとして丸紅紙業は被告に対し、別途昭和五八年四月一一日付請求書により右代金八〇二万九〇九三円を請求しており、その他の分については被告は、大日本紙業からその代金一八八二万七〇二八円を請求されている。
なお、商社取引には、「つけ売買」とか「介入取引」とかいわれる取引がある。これは商品の売主と買主との間に商社が介入し、商品は売主から買主に引渡されるが、取引の形としては商社が右の商品を買上げてこれを買主に転売する形式をとるものであり、これに限らず、売主が商品を買主に引渡す代りに買主の転売先または買主の指定する者に直接納入する取引は世上一般に行われる取引であって、いずれの場合も商品の納入が行なわれない売買なるものは存在しない。しかるに、本件取引は、前記のとおり被告および丸紅紙業の取引担当者が共謀して売買の形式を仮装した取引を仕組み、内容虚偽の取引書類を作成したもので始めから商品の授受を予定しない取引であって、架空取引というべきである。本件取引の如き取引は、早晩破綻を来す多大の危険を伴う取引であり、いわゆるつけ売買等とは似て非なるもので、被告の業務としては許容できないものである。
2(一) (隠れた取立委任裏書)
原告は、丸紅紙業から隠れた取立委任裏書を受けたものであって、本件各手形の実質的所持人は丸紅紙業である。このことは次の諸事情から明らかである。
(1) 被告は、昭和五八年三月末ころから、太田の担当する取引に不審を持ち、調査した結果同年四月始めころ前記1のような架空取引事実が判明し、同年五月下旬ころから丸紅紙業に対し、本件各手形の返還を交渉していた。
(2) 丸紅紙業は、昭和五八年六月一〇日ころ、原告に対し、本件各手形を裏書譲渡しており、しかも本件(2)手形は既に富士銀行に裏書譲渡されていたのを被裏書人欄を抹消してあらためて原告を被裏書人として裏書をしている。
(3) 被告は丸紅紙業に対し、昭和五六年六月から昭和五七年一二月までの間に合計二一通の約束手形を振出交付し、いずれも支払を了しているが、いずれの手形も他の会社に裏書譲渡された事例はなく、金融機関を通じて直接取立がなされている。
(4) 原告と丸紅紙業との間の商品取引に関する記帳と認められる原告の商業帳簿等(売上帳、領収書および手形受払帳)には本件各手形受入れの記帳が全くなく、これは原告が丸紅紙業から何らの対価関係がなく本件各手形を受領したことを証明している。
(5) 丸紅紙業は総合商社丸紅株式会社(以下「丸紅」という。)の子会社であり、昭和五七年度で売上高金五五八億四〇〇〇万円を超え、資金力を有している。他方、原告は丸紅紙業と一五年の長きに亘り取引を継続しており、原告の売上金額のうち丸紅紙業分が三〇パーセントを超え、原告にとって丸紅紙業は重要取引先である。したがって、原告より遙かに経営規模の大きい丸紅紙業から原告主張のように担保手形を必要とする取引関係でない。また、原告は丸紅紙業から今まで担保提供を受けたことがなく、本件各手形が始めてである。そして、右原告の帳簿によれば、昭和五八年九月末日現在丸紅紙業の原告に対する故紙の売買代金債務はすべて決済されており、昭和五九年二月末日決算においても丸紅紙業の未払債務は存在しない。
(6) 本件各手形が不渡りとなるや、原告は直ちに被告と丸紅紙業を相手どって本件手形訴訟を提起している。本件各手形が原告主張のように担保手形であるならば、右のように不渡りとなれば、原告と丸紅紙業のように密接な取引関係にあるものは通常担保の差換え、代り担保の提供その他の措置が講じられるべきなのに、右のように直ちに訴訟の手続がとられ、しかも、原告と丸紅紙業間では手形訴訟が確定しているのにもかかわらず、今もって手形金の支払いその他資金的処理も行われていない。
(二) (原告の害意)
原告は、前記1の事情および被告を害することを知って本件各手形を丸紅紙業から取得したものである。
3 (信託法一一条違反)
丸紅紙業から原告に対する本件各手形の裏書は、前記2(一)のとおり隠れた取立委任裏書であるが、更に右取立委任裏書は、被告に対して訴訟行為をすることを主たる目的としてしたものというべきであるから、右取立委任裏書は信託法一一条に違反し、単に手形外の取立委任の合意が無効となるに止まらず裏書自体も無効というべきである。よって、原告は本件各手形の適法な所持人ではない。
四 抗弁に対する認否および原告の主張
1 抗弁1事実は全て不知。
2 同2(一)事実について(4)のうち、原告の商業帳簿等に本件各手形受入れの記帳が全くないこと、(6)のうち、原告が被告と共に丸紅紙業を相手に本件手形訴訟を提起したことは認める。その余は全て不知もしくは否認する。
3 同2(二)および3事実は否認する。
(原告の主張)
(一) 原告は丸紅紙業に対し、直接、または丸紅名古屋支社を経由して間接に故紙(古紙)を販売してきたが、たまたま昭和五八年度増量分故紙三〇〇〇トン分の集荷量を確保するために原告と丸紅紙業との話合いの結果、原告が右数量に相当する分の担保を要請していたところ、丸紅紙業はこれを了承して原告に対し、本件各手形および小切手一通(額面合計金七一二六万円)を交付したものである。
(二) 当時製紙業界においては、製品原価引下げの気運が生じて故紙に依存する度合が高まってきており、更に秋以降においては故紙の集荷量に不足をきたし、右価格の高騰化が十分予想された。そのため、丸紅紙業としては早い時期に前記三〇〇〇トン程度の集荷量を確保したいという強い経済的要求があったのである。
(三) なお、原告の商業帳簿等に本件各手形等の記帳がないのは、税務上の関係から故紙の現実的受渡しが完了するまで単に記帳を控えていただけのことである。右のような根担保ないしは根保証にかかる担保物は一般的に商業帳簿に記帳を省略するのが常である。精密な会計処理をなすとすれば、受入保証手形と受入保証手形見返りとは全く同金額の勘定科目を貸借対照表に記載されるので損益計算には全く影響を与えないためである。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因事実は全部当事者間に争いがない。そこで、以下被告の抗弁について判断する。
二 原因関係欠缺の抗弁(抗弁1)について
《証拠省略》を総合すれば、次の各事実が認められる。
1 本件各手形は、被告が丸紅紙業に対し、本件取引の売買代金支払のため別紙約束手形目録記載の各振出日に振出交付した。なお、被告は丸紅紙業に対し、従前の取引にかかる売買代金等合計金三五五万六五〇一円の反対債権を有していたので、これを相殺分として差し引いた金六九五一万五八五五円が本件各手形合計金額となっている。
2 本件取引の詳細は、伝票上別表のとおりとなっているが、本件取引に基づく各商品は伝票上の納入日に伝票上の注文主もしくは納入先(被告の転売先もしくは転売先の指定する者に該当する。)に納品された事実がない。
3 本件取引のうち、別表(10)ないし(14)の洗剤ボトル(大)合計一七万五〇〇〇個の売買取引については、被告からこれを買受けた国分、国分からこれを買受けた昭光通商株式会社(以下「昭光通商」という。)、昭光通商からこれを買受けた凸版印刷株式会社(以下「凸版」という。)、凸版からこれを買受けた被告、以上の四社が協議の上、各売買契約の当事者間で該当商品の授受がないとして各売買契約を合意解除し、被告は既に受領済の手形を国分に、国分も既に受領済の手形を昭光通商にそれぞれ返還する旨の合意が成立し、昭和五八年七月一四日付で右四社間で右内容を明記した覚書が作成された。丸紅紙業は右合意解除に納得せず、右協議に加わることはしなかった。また、本件取引とは別の取引であるが、被告、丸紅紙業、昭和アルミニウム株式会社、そして被告と順次ダイジェスト見本帳、セシールティシュペーパー等の売買契約が締結されたことがあったが、これも右三社が協議の上、同様に契約を合意解除し、昭和五八年八月八日付で合意書を作成した。
4 ところで、太田は丸紅の杉本担当課長からの誘いにより昭和五五年ころから丸紅と丸紅紙業の間に被告が入るという取引、すなわち丸紅紙業から被告が商品を買入れ、これを被告が丸紅に売却するという取引を継続してきた。当初、太田は、右取引は商品の授受つまり商品の動く通常の売買(以下「通常取引」という。)であると思っていたが、ほどなく右取引が商品の現実授受のない取引(以下「物流不存在取引」という。)であることが判明したが、右取引による代金決済は順調に行われ、また売上高向上にもなるため被告会社にその詳細を説明することなく右のような取引を継続してきた。右物流不存在取引は、通常取引と全く同様に諸伝票すなわち被告の受注伝票、仕入先の納品伝票、物品受領書、支払請求書、支払請求明細書等が作成され、これらに基づき被告は手形等で代金決済をしてきた(なお、右の支払請求書および支払請求明細書は、本来仕入先が作成すべき書類であるが、被告では仕入先提出の納品書等に基づき被告会社の電算室においてコンピューターに納品商品名、数量、金額などが入力され、各月末における被告宛の支払請求書および支払請求明細書が作成され、これを仕入先に交付し確認の押印を得る手続となっている。)。
5 太田は、昭和五七年一二月下旬ころ、中村から総額金七三〇〇万円余の本件取引合計金相当の取引に協力するように要請され、太田はこれを了承し、両者がそれぞれの取引担当者として本件取引をなした。太田は、部下に丸紅紙業名義の納品書を作成させ、これを電算室に回して丸紅紙業名義の支払請求明細書等を作成し、丸紅紙業の確認印を得て、被告経理部において前記1のとおり本件各手形を振出し、丸紅紙業に交付された。
以上のとおり認定でき、これを覆すに足りる的確な証拠はない。
以上の認定事実を基礎に被告の原因関係欠缺の抗弁について判断する。以上によれば、本件取引は通常取引とは大いに異なるものであると言わざるを得ない。しかしながら、これをもって直ちに本件取引は架空の取引であり、本件各手形の振出原因が不存在であって、被告は丸紅紙業に対し、本件各手形の支払義務はないというのは早計である。丸紅紙業と被告間の本件取引は、商品の授受を予定しない売買契約類似の取引であるという余地が全くないとはいい得ないからであり、被告が架空取引であると主張する本件取引の一部については、前記3認定のとおり、丸紅紙業を除く取引関係者間で合意解除された事実からしてもその余地があるということができる(本件訴訟は、いうまでもなく丸紅紙業がその当事者となっておらず、後記認定のように丸紅紙業から取引資料等が全く出されていないこともあって、丸紅紙業と被告間の本件取引の実態が必ずしも明確となっていない。)。
また、被告の主張するように、物流不存在取引は早晩破綻を来す多大の危険を伴う取引であって、被告の許容できない取引であって、被告の一営業担当者である太田がその許された権限を濫用する取引であったとしても、太田は専ら自己または第三者の利益を図るために丸紅紙業の担当者である中村と共謀の上被告から本件各手形を騙取する目的で本件取引をなしたと認めるに足りる証拠はなく、太田は以前にも丸紅紙業等とこの種の物流不存在取引を継続し、被告は順調に代金決済をしてきた事情にも照らすと、被告は本件取引は架空取引であって本件各手形の振出原因がないとか、錯誤により本件各手形を振出したとかの主張が信義則上許されるかは甚だ疑問であるといわざるを得ない。
したがって、原因関係欠缺の抗弁は採用することができないといわざるを得ない。
三 隠れた取立委任裏書(抗弁2(一))および信託法一一条違反(抗弁3)の抗弁について
1 原告と丸紅紙業との間の商品取引に関する記帳と認められる原告の商業帳簿等すなわち売上帳、領収書および手形受払帳には本件各手形受入れの記帳が全くないことは当事者間に争いがない。
2 更に、《証拠省略》を総合すれば、次の各事実が認められる。
(一) 被告は、昭和五八年三月末ころから、太田の担当する取引に不審を持ち、調査した結果、同年五月中旬ころ、本件取引は全て商品授受のない取引であることが判明するに至り、同月下旬ころから翌六月始めにかけて、丸紅紙業と接渉し、同会社に本件取引内容を明確にする資料の提示と、あわせて本件各手形の返還を交渉したが、いずれも丸紅紙業から拒否された。
(二) 丸紅紙業は、右のように被告から本件各手形の返還方を交渉された直後であり、本件(1)および(2)手形の満期の切迫した昭和五八年六月一〇日ころ、原告に対し、本件各手形を裏書譲渡し、しかも本件(2)手形は既に富士銀行に割引で裏書譲渡していたのをこれを買戻し、被裏書人欄を抹消してあらためて原告を被裏書人として裏書をしている。
(三) 被告は丸紅紙業に対し、昭和五六年六月から昭和五七年一二月までの間に合計二一通の約束手形を振出交付し、いずれも支払を了しているが、いずれの手形も丸紅紙業が金融機関以外の者に裏書譲渡した事例はなく、丸紅紙業もしくは割引した金融機関から取立がなされている。
(四) 丸紅紙業(資本金一億円)は丸紅の子会社であり、資金力を有している。他方、原告(資本金一八〇〇万円)は丸紅紙業と一五年の長きに亘り故紙原料等の取引を継続し、原告の売上金額のうち丸紅紙業分が相当部分を占め、原告にとって同会社は重要取引先である。なお、原告は丸紅紙業から、本件各手形以外に担保の提供を受けたことはなく、また昭和五八年九月末日現在丸紅紙業の原告に対する故紙の売買代金債務はすべて決済されており、昭和五九年二月末日決算時においても丸紅紙業の未払債務は存在しない。
(五) 原告は、本件各手形が不渡りとなるや直ちに(昭和五八年八月一五日訴状受理)被告と丸紅紙業を相手どって本件手形訴訟を提起している(原告が被告と丸紅紙業を相手に本件手形訴訟を提起したことは当事者間に争いがない。)。しかも、原告と丸紅紙業間では手形訴訟が確定しているのにもかかわらず、現在に至るも手形金の支払い、担保の差し換え等の処理が行われていない。
以上のとおり認定され、右認定に反する《証拠省略》は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
3 以上の認定事実に徴すれば、丸紅紙業から原告に対する裏書は、隠れた取立委任裏書であり、更に右取立委任裏書は、丸紅紙業が直接自己の名で訴を提起した場合に予想される被告の抗弁(原因関係欠缺の抗弁)を避けるため、原告をして被告に対して訴訟行為をさせることを主たる目的としてなされたものというべきであるから、右裏書は信託法一一条に違反し、無効であり、原告は適法な所持人ではないといわざるを得ない。
ところで、原告は、四(原告の主張)のとおり、原告は丸紅紙業から、故紙三〇〇〇トン取引増量分の担保として本件各手形を取得した旨主張し、証人吉永清、同石川政男は、いずれも当時の製紙業界および故紙取引の特殊性等を強調し、右主張に副う証言をするが、右証言は、さきに認定した各事実および《証拠省略》から認められる昭和五九年三月までに右三〇〇〇トンの増量が実行された形跡がないことに照らすと、たやすく信用することができず、他に右事実を証するに足りる的確な証拠はない。
よって、この点の被告の抗弁は理由がある。
四 以上の次第であるから、原告の本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく、理由がなく、これを棄却すべきところ、これと結論を異にする主文第一項提記の手形判決を取消し、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 片野悟好)
<以下省略>